みなさん、こんにちは。徳井直生です。私は昨年の10月からパリに住んでいます。日常生活に使うフランス語もままならない私ですが、幸い音楽関係の友人に恵まれ、パリの音楽事情が少しずつ見えてきました。漠然とした華やかなイメージに隠れて、ロンドンやベルリンに比べて日本からは見えにくいパリの実情をレポートできればと思っています。私のこちらでの活動についても、そのうち紹介させていただきます。よろしくお願いします。第一回目の今回は、フランス発の音楽... ではなく、フランス発の「楽器」としてフィジカルインタフェース JAZZMUTANT Lemurを取り上げたいと思います。
エレクトロニカなどのジャンルでは、アーティストがステージ上でコンピュータを操る姿はすでにおなじみのものになっていますね。一言で、「コンピュータを使って...」といっても、実際のライブの方法は人それぞれ千差万別ですABLETON Liveなどのライブに特化したソフトウェア使う、CYCLING'74 Max/MSPやNATIVE INSTRUMENTS Reaktorなどで自作のライブプログラムを作る、CDをそのまま流す(笑))。しかし、ラップトップ・ミュージシャン(僕もそのはしくれですが)に共通する一つの問題意識をあげることができます。それはずばり、コンピュータを使って「いかにしてライブ感をだすか」、いいかえると「いかにしてたくさんのパラメータを音楽的に効果的にコントロールするか」という点です。そうしたミュージシャンのニーズに応える形で、つまみやスライダーをそなえたMIDIコントローラが数多く市場に出回っていることは、皆さんご存知の通りです。今、MIDIコントローラは楽器市場のなかでも売れ筋の商品であると言ってよいでしょう。
その一方で、MIDIコントローラには面白い製品が見当たらないような気がしませんか。どの会社も判で押したように、スライダーとノブ、または鍵盤を本体上に並べたものばかり、ユーザが製品を選ぶときの決め手は、スライダーや鍵盤の数と値段のコストパフォーマンスだけ...という寂しい状態です。
しかし、今回紹介するJAZZMUTANT Lemurは違います。JAZZMUTANTはフランス/ボルドーのベンチャー企業で、Lemurは彼らの最初の製品で、4月に発売される予定のようです。さっそくですが、製品のイメージを見てください。


一目見て分かるように、スクリーンを使っている点がLemurの大きな特徴です。このスクリーンは、JAZZMUTANTがこの製品のために自社で開発したマルチタッチスクリーン(複数の点を同時に認識可能)になっています。このマルチタッチの技術は、特許申請中の彼ら独自の技術だそうです。ユーザは画面上を指でなぞる事で、コントローラを動かします。当然、コントローラの挙動はコンピュータ側からも制御できるので、「仮想的な」ムービングフェーダ、ムービングノブが画面上にあると考えるとわかりやすいかもしれません。このコントローラの描画はLemur本体に内蔵されたグラフィックチップが行います。貴重なコンピュータ本体のCPUパワーをグラフィックに消費する心配はありません。
また、付属のエディタソフトウェアとコンピュータを使うことで、ユーザは自分専用のインタフェースをデザインすることが可能です。これは、物理的なコントローラを持たないスクリーンを使ったインタフェースだからこそできる利点ですね。例えば、ムービングフェーダを数百個並べるといった物理的には実現が難しいコントローラもLemurでは簡単に作る事ができます。
もう一つのLemurの特徴は、コンピュータとの接続の方法にあります。こうしたフィジカルコントローラは、MIDIコントローラと総称されることからも分かるように、MIDIによって制御信号をコンピュータに送るのが一般的です。しかし、LemurはMIDIではなくOpen Sound Control(OSC)
OSC? 聞き慣れない方も多いかと思います。OSCは、コンピュータネットワーク上で音楽制御情報をやりとりする目的で1997年に提唱された比較的新しいプロトコルです。数十年前に作られたMIDI規格に比べて、
○高速かつ正確に大量のデータを送受信できる
○複雑な制御情報を扱える
○実装も容易
と、まさにいいことづくめな規格なのですが、いったん定着したMIDI規格を覆すまでには至っていません。これまでは、CYCLING'74 Max/MSPなどでネットワークを使った実験的な音楽パフォーマンスをやるといった限られた用途にしか使われてこなかったのが実情です。最近になって、OSCを全面的に使用したSuperColider
話を戻して、コンピュータとLemurをつなぐ方法ですが、これは簡単!の一言です。一般的なイーサネットケーブルでLemur本体とコンピュータをつなぐだけ。そうするとLemurに自動的にローカルなIPアドレスが割り振られ、通信準備完了です。LemurのIPアドレスはエディタソフトの「Settings」画面で確かめることができます。このIPが分かっていれば、ローカルネットワーク上の他のコンピュータからLemurにコマンドを送る、つまり複数のコンピュータでコントローラを共有することができるはずです(まだためしてはいません...)。これも、OSCならではの面白い機能ですね。
発売が待ち遠しいLemurですが、このインタフェースについては1年以上前から話を聞いていました。まだ日本にいたある日のこと、知らないフランス人からメールをもらったのです。「今度、新しいインタフェースの案を持って日本に行く。日本のアーティストに見てもらいたいから会ってもらえないか」という内容でした。どうやら彼は僕の作ったソフトウェアSONASPHERE
それから何度かメールのやりとりをしていたのですが、昨年の11月にパリで幸運な再会を果たすことができました。私が今所属している研究所に実際の試作機を持ってデモをしにきてくれたのです。その時の写真がこれです。右がギヨーム、左が技術担当のパスカルさんです。

二人はボルドーで生まれ育った幼なじみだそうです。エンジニアをしていたパスカルさんが、使いやすいコントローラがないことに不満を募らせ、それならいっそう自分でつくってしまえとこれまた幼なじみのエレクトロニクスの専門家、プログラマに声をかけて作った会社がJAZZMUTANTだという話を聞きました。自分たちのアイデアを実現させるために会社を作り、マルチタッチスクリーンの技術まで開発してしまったところに凄さを感じます。フランスに電子楽器を作る土壌がないことをしきりに憂いていた二人ですが、彼らの独創力と実現力があればそう遠くない将来にJAZZMUTANTがフランスを代表する楽器メーカーに成長することもありえるのではないでしょうか。彼らの努力が報われるように祈りたいですね。
さて、話がそれてしまいましたが、今回はLemurの概要と製作元のJAZZMUTANTについて述べたところで終わりにします。ギヨームの好意で、まだ数台しか生産されていない試作機を貸してもらえることになりました! 次回、実際のLemurを使ってみた感想をレポートしたいと思います。
それではまた。
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